タイ人はいっぱいお守りを持っている。
今はどうなのか、実際本当にそうなのかは
わからないけれど、小学生の頃に行った時はそうだった。
首にも、腕にも、足にも、車の中やバイクとあらゆる物に
お守りをつけていた。
何のお守りなのか聞くと、それぞれ意味が違う。
日本は物にそれぞれ神様がいるという考え方があるけれど、
タイの人はそれぞれのことに対してお守りが必要だった。
習慣なのか、宗教なのかはわからないけれど、小さい自分にとっては
印象的なことだった。
話は変わるけれど、自分にとってアクセサリーって、まじないめいたものなんだ。
ファッションとしてつけている人が多いだろうけれど、自分にとっては
身近な場所に、人目に触れることで無意識だけれど、自分の中に
込めた意味を留めたい。
それは大きく分けて2つになると思う。
1つは神頼みのような、思い込み。
宗教のほうが近いのかもしれないけれど、逃げ場所を作る。
今のところ逃げる理由なんて何もないけれどね。
2つ目は自分の抑制。
自分が望むよりよい方向への為に、自分の衝動に打ち勝つために。
どちらにしろ自分以外、物に対する何かしらの思いなんだろうけれど。
自分なりの軸を持つ、ぶれないようにするための羅針盤のようなものかな。
男だから当たり前、という考え方もあるだろうけれど、
自分は今、一切、アクセサリーを身につけていない。
今まで自分に大きな疑問を持たず、軸を決める必要もなかったからね。
だけれども20という区切り、大学の折り返しということも考えると
そろそろ自分の軸を持たないといけないのかなと思う。
実際には、それ以外の理由が大きいわけだけれども、人には言いたくない。
色々と考えた末に、物も人も集めた上で、行動を起こしたわけだけれども諦めた。
こういう考え方を人の前で話したことはないけれども、
装身具って話だけでも、身の回りにはアウトな人が多い。
自分を安定させるためのものなのに、周りを不安定にしては意味がない。
別な方法で……とも思ったけど、今の状態で次に移れば
別な意味の誤解を受けそうで怖い。